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デジタルもアナログも関係ない遅さ。

こんばんは。弓井ちゃん。
そちら寒いですか?こちら寒いです。

ブログ、ずっと止めてしまっていてごめんね。
もはや誰も見なくなったころから始める私たちのブログ。
返事だけは良い私。坊主もびっくり一回更新。中学生のとき、担任の先生は言いました。
継続は力なり

弓井ちゃんが前回、私のことを「女の中の女で女優の中の女優だ」と書いてくれたのを私の母親が読んで、
「まるで吉永小百合さんのことのようじゃないの」と言い、
全国のサユリスト、または友人知人たちのツッコミを恐れ、ブログを書くことにおじけづいてしまったのが理由とか…。

うそです。
単に時の流れに身を任せてしまった結果です。
それと岩澤家のパソコン環境の悪さよ。

でもほんとにすごく有り難い言葉をたくさんありがとう。
中学生のことからだもんねぇ。たくさん時間を共にしましたね。
弓井ちゃんの前では泣いたり笑ったり怒ったり甘えたり、恋人と同じくらい色んな顔を見せていますなぁ。
私も弓井ちゃんの泣いたり(泣かせたり)笑ったり(私の失敗談などで)怒ったり(怒らせたり)甘えたり(私前世猫だった発言は私の中で伝説です)たくさん思い出すことが出来ます。

最近年女になったよ。ずっと変わらず友達でいてくれてありがとう。
今年のキーワードは「人並み」です。
当たり前のことを当たり前に出来るように、勉強始めました。何かは、出来るようになってから言うね。
出来ることから確実に一歩ずつ。時間がかかっても良い、と思える余裕(開き直り?)が出てきました。
皆何かのスペシャリストだからなぁ、周りの人達とどんな面でも肩並べて楽しめるように、出来るようになったり、分かるようになりたいんよね。

何だか妙に前向きワードが出てきたので、今日はこの辺で。

そうそう、前回のブログに書いてくれていたけど、残念ながらモテていません。(2009年度調べ)
もうかれこれあれからさっぱりです。このままでは凍死しそう。
活動しているe-danceでの私の位置づけが森三中のようになりつつある。
あ、でも、イタリア人に「オネガイダ!イッカイダケキスサセテ!」と言われたよ。日本語で。

ではまたね。今から魚食べます。

写真はバイト中、大失態をしたときです。

インターネット広告の「トランスメディア」提供スキンアイコン # by yuyuyu2y | 2010-01-27 19:31

私のよく知る岩澤侑生子について


岩澤侑生子は、

京都生まれ京都育ち
女3人男3人、計6人という大変バランスの良い兄弟の2番目に生まれる。
家は伝統産業の会社を営んでいる。その為か、家の中の自分の付くべき位置というのを理解していて、礼と風習を重んじる。
古風なところがある。好きな音楽とか本の趣味が渋い。カラオケに行くと小島まゆみ、中島みゆきが十八番だ。新聞を毎日読む習慣がある。ネットでめっちゃ調べる。水木しげるが好き。
ちょっと天然なところがある。本人は至ってまじめだし、自分でわざとそんな役割を任じている時もある、と言うが全体的に可愛い隙があって、一生懸命やってるのにとぼけてる所が所以で昔からいじられる。いじられる。つまり可愛がられている。

俳優ということが彼女のすべてだ。最近では、「俳優は生き方」という名言を残す程。日々、俳優としてどう生きるか、俳優として食べることを考えていて、その、一つの所に向かおうとする姿勢は尊敬出来るし、少しうらやましくもある。
昔から年上の人に可愛がってもらえる性格で、大人に怒られても負けない。ちゃんと吸収する。自分の若さ故の無知をちゃんと認めている。これは、なかなか勇気のいることだと思う。

私は彼女とは中高大と一緒だったが、中学の時は存在を知ってるだけで話したことは無かった。
私の友人で彼女と家族ぐるみの付き合いをしている子がいたので、「同じ学校に養成所に通って芸能活動してる人がいるらしい!」と聞いて、すごっ!え、どの子どの子??あ、あの子ねぇー。岩澤嬢だった。
高校に入って、クラスは一緒にならなかったが、放送部で一緒になって、急速に仲良くなった。出会いのエピソードを私はあまり覚えていないけれど、何か仲良くなった。
放送部に同じ学年が4人だったので、多数決で決める時など何かと2対2で別れてしまい、その時私とよく一緒になったのが彼女だった。何せ中学高校と暗黒の時代であった私は、クラスからも浮いていて、放送部でも他の子と対立した時に、彼女の存在は私の支えであった。今も私のクラスが楽しくないことを案じた彼女の手紙が残っている。
だから彼女が先に辞めてしまった時は本当に心許なかった。

そんなことがあって、大学進学を考えていた頃にたまたま彼女に誘われて舞台を見に行って、帰りに寄ったすき屋で彼女が舞台の道へ進みたいと聞いた。私はその時、映画を学びたいと思っていて、受けようと決めていた京都造形芸術大学に舞台芸術コースがあるのを知っていて、紹介した。
そして同じ学校に進むことになった。
映像・舞台芸術学科の、私は映像芸術コースで彼女は舞台芸術コース。
入学当初はずっと一緒にいたので、似てるねとか、私が学校でも俳優をやる様になってからは比べられることが多かった。
彼女も言った通り、繊細な関係だった。だけど、私はいつも彼女のことを気に掛けていたし、それは彼女も同じだろう。
彼女は今までに良い恋愛をしている。なにげに男性にはもてるのだ。恋を俳優の肥やしにする。たまに役に本当になってしまう時もあった。女の中の女で女優の中の女優だ。
もちろん彼氏と別れて沈んでいた時期も知っている。芝居が上手く行かないと悩んでいた時も知っている。私が孤独でたまらなかった時も彼女は知っている。
そんな時、私たちには共通言語が多くて、とにかくよく喋った。
高校の時に比べて、彼女は綺麗になったし、しっかりした。これからもまだまだいろんな楽しいことを一緒に経験していける楽しみがありますな。良い歳とっていこね。
何か紹介じゃなくてメッセージになっちゃった。ま、いっか。ゆるり往復書簡だし。記念すべき1往復目だし。
これからも、よろしくね。

インターネット広告の「トランスメディア」提供スキンアイコン # by yuyuyu2y | 2008-11-25 18:44

私のよく知る弓井茉那

弓井茉那(ゆみいまな)
1985年5月28日生まれ。
京都の京阪沿線に住む。
草食動物のようなお父様と築100年くらいの家(井戸付き)に二人で暮らしている。
敏感肌。
女の子が好きなものに詳しい。香水、洋服、スキンケア用品などなど。
責任感が強くて生真面目で努力家。その姿勢は健気なほどである。

私が弓井ちゃんを初めて知ったのは、高校一年生の時。
同じ中高一貫教育の女子校に通っていたが、中学生の頃は接点がなかった。
学内の催しで、ミニ学芸会みたいなことをクラスごとにやっていて、その時にえらい小さくえらい可愛く、そしてえらい沸点の高い演技をする人を見て、あ、なんだか面白い人発見しちゃった。と思った。それが弓井ちゃんでした。その後、廊下を歩いている弓井ちゃんに「私、あなたと仲良くなりたい」と告白し、弓井ちゃんもなんだかのってくれて意気投合。演劇部は面白くなさそうだったので、声が良い先輩のいる放送部に二人揃って入部。岩澤は物凄く不真面目だったので一年半ほどで辞めたけど、弓井ちゃんはNHKのアナウンスコンテストに出場したり先輩の引退後は部長になるなど卒業するまで立派に勤めあげた。その他にも大学生の大人たちと劇団を立ち上げたり、井土紀州監督の映画に出たりなど、当時弓井ちゃんの行動力・演技力を羨ましく思っていた。
高校3年生になり、放送部を辞めたのに仲良く手紙交換をしてくれていた弓井ちゃんに、京都造形芸術大学に舞台芸術コースがあるよ、と教えてもらい、一緒にAO入試を受けに行き、弓井ちゃんは映像芸術コースに、岩澤は舞台芸術コースに二人とも合格する。大学在学中は時に近づき時に離れ時に比べられ…ある意味繊細な関係だった。
いつもの二人の会話。弓井ちゃん→岩澤をからかう。岩澤→弓井ちゃんに失礼なことを言う、もしくは前に聞いたことをもう一度聞く。弓井ちゃん→岩澤にダメ出し。弓井⇔岩澤恋人が出来ないことへの愚痴。

岩澤侑生子

インターネット広告の「トランスメディア」提供スキンアイコン # by yuyuyu2y | 2008-11-13 00:05

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